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東京地方裁判所 昭和37年(ワ)6378号 判決 1966年12月21日

原告 小林末松破産管財人 木戸口久治

右訴訟代理人弁護士 旦貞康

被告 小林静江

右訴訟代理人弁護士 山本二郎

<他四名>

主文

被告は原告に対し別紙目録の物件につきなした昭和三七年三月一九日受付第三二一六号所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

一、原告は主文同旨の判決を求め、被告は請求棄却の判決を求めた。

二、原告は「小林末松は被告に対し別紙目録の本件物件を昭和三七年三月一九日譲渡し同日主文掲記の登記を経由した。小林は同日取引銀行である株式会社第一銀行上野支店との当座取引を解約し支払停止となった。当時小林は同銀行の当座預金六六万六二五二円、定期預金一〇〇万円、本件目録の物件(時価金三〇〇万円)および電話加入権(二八一局二三八九番、時価金一〇万円)の資産を有していたが、堀尾嘉朗に対し昭和三六年一二月二一日成立した売買残代金一七一〇万円内金五〇〇万円同年三月二〇日、内金一〇〇万円同年五月二〇日、内金五〇〇万円同年六月二〇日、内金三〇〇万円、同年七月二〇日、内金三一〇万円同年八月二〇日各支払の債務を負担し、その支払のため各支払日を満期とする各同額の約束手形を前記銀行を支払場所として振り出していた。小林は右債権を害することを知りながら本件物件を処分したのであるから、破産法第七二条第一号により否認する。本件物件は対価の受授がなくして行われたものであるから同条第五号を予備的に主張する。仮りに譲渡が昭和三六年一二月一〇日なされたとしても支払停止の前六月以内である。仮りに本件物件の譲渡が通謀虚偽表示であるとすれば、登記原因を欠くから登記の抹消を求める。堀尾嘉朗と小林末松との間の売買契約が成立したことは日時の点を除き認める。これは昭和三六年一二月二一日成立したのであり、小林が東横製缶有限会社から融通を受けるので登記名義を直接同会社に移して貰いたいと申し出たので、同日その旨の登記をして内金一〇〇〇万円の支払を受け、翌二二日残代金一七一〇万円について分割払の公正契約をしたのである。被告は小林の妻であって起居をともにしており、右売買取引の際にも会合に出席しており、小林が昭和三六年一二月以前からビル建設の計画を立てこのため多額の債務を負担することも知っており詐害の意思のあったことは明らかである。小林が堀尾に対し昭和四一年八月一二日契約解除の通知をしたことは認めるが、同人は昭和三八年一一月二六日破産宣告を受けている。その余の被告の主張を争う。」と述べ、

三、被告は「本件物件につき被告のための所有権移転登記のあること、小林が破産宣告を受けたことは認め、小林の資産の状況は知らない。堀尾の債権および本件物件が小林の所有であったことは否認する。小林は堀尾と、昭和三六年一二月二二日東京都文京区春日町所在の宅地二筆家屋二筆の所有権および宅地一筆の借地権を代金二七一〇万円で買い受け、内金一〇〇〇万円は即日払い、内金五〇〇万円は昭和三七年三月、内金一〇〇万円は同年五月、内金五〇〇万円は同年六月、内金三〇〇万円は同年七月、内金三一〇万円は同年八月の各二〇日ごとに支払うこと、堀尾は同日借地権を除き全物件につき小林のため所有権移転登記手続をすること、借地は堀尾が昭和三七年四月三〇日限り地主から買い取り代金二五〇万円で小林に売り渡すこと、堀尾が右条項を履行しないときは小林は直ちに売買契約を解除することができることの契約を結び、原告主張の約束手形を振出した。ところで、借地権を除く右各物件は同月二一日堀尾から東横製缶有限会社に買戻期限を昭和三七年二月二八日とする買戻の特約つきで売却されていたのであるから、右売買契約は堀尾の所有であることを前提とした通謀虚偽の意思表示であるから効力がない。

仮りに他人の権利の売買であるとしても、堀尾は契約当日小林に所有権移転登記をせず、かつ、期間内に買戻をしなかったので右物件は第三者の所有に移り堀尾は売買を履行することが不能となったから、小林は堀尾に対し昭和三七年三月一九日到達の内容証明郵便で契約解除の通知をなし、右売買契約は同日解除された。そうでないとしても堀尾は右会社から期間内に買戻して小林に所有権を移転しその登記をなす約定であるが、同人は買戻期間を徒過し右物件は第三者に移転し、右約定を履行することは不可能となったから、小林の代金および手形金債務も消滅した。そうでないとしても、右売買契約は再売買の予約付売買であるが、右予約の履行が不能となったから右売買契約は成立しない。そうでないとしても、堀尾は昭和三七年四月三〇日までに借地一四坪三勺を地主服部仙順から買い取り代金二五〇万円で小林に対し売り渡す条項を履行しなかったので、小林は堀尾に対し昭和四一年八月一二日売買契約解除の通知をした。これは、破産管財人がその職責を尽さないので小林が代ってなしたものであって、その効力がある。

そうでないとしても堀尾は昭和三六年一二月前記各手形を実父堀尾待太郎に裏書譲渡し、待太郎は約束手形金請求の訴訟を提起しその勝訴判決が確定した。したがって、右売買代金は手形振出と同時に更改により消滅した。そうでないとしても、堀尾嘉朗は待太郎の子であり無資力であって待太郎に対し償還又は担保の義務を負担する意思のないことは経験則上明らかであるから、堀尾嘉朗は小林に対しなんらの債権も有しないのである。また、堀尾は右手形を待太郎に裏書譲渡したから売買代金の弁済を受けたというべきである。いずれにせよ堀尾は右売買代金および手形金債権を有していない。また、本件物件は被告がアパート建設の目的で小笠原寿から金二〇〇万円を借り受け立野富蔵から買受けたものであるが、当時上野某が居住していたのでその明渡交渉の便宜から小林名義で登記したのであって、小林の所有ではなく、真実の権利関係に一致させるため本件登記をしたのである。また、登記原因たる売買はなく、登記は無効であり、被告には詐害の意思もない。」と述べ、

四、証拠<省略>

理由

一、堀尾嘉朗と小林末松との間に被告主張の売買契約が成立したこと、小林が総額一七一〇万円の約束手形を振出し交付したこと、本件物件につき被告のための所有権移転登記がなされたこと、小林が昭和三八年一一月二三日破産宣告を受けたことは、右売買契約成立の日時を除き当事者間に争いがない。

二、原告は「前記売買契約は昭和三六年一二月二一日成立し、同日小林の申出により東横製缶有限会社のため中間省略登記をなした。」と主張する。<省略>によれば、昭和三六年一二月二〇日代金を金二七一〇万円とし、内金一〇〇〇万円は同月二一日に登記と引換に支払い残代金は約束手形で支払うとの話合ができたこと、右二一日堀尾が小林のための登記をしようとしたところ、小林は金一〇〇〇万円を東横製缶有限会社から借り入れる都合上中間省略により同会社に登記をするよう堀尾に申し入れ、堀尾がこれを諒承してその旨の登記をなしたこと、小林は右会社と、買戻代金一二〇〇万円、昭和三七年二月二八日を期限とする買戻契約をつけて代金一〇〇〇万円で物件を売り渡し、この金員をもって同日堀尾に支払ったこと、翌二二日残代金一七一〇万円の支払について公正契約が結ばれたことが認められる。<省略>。

右のとおり堀尾と小林との間の売買契約は昭和三六年一二月二一日成立し、内金一〇〇〇万円の支払と引換に堀尾が小林の申出により訴外会社のため中間省略登記を完了したのであるから、堀尾は売買契約に基づく所有権移転登記義務を履行したといわなければならない。

三、被告は右契約の効力を争い種々抗争するが、いずれも右売買が昭和三六年一二月二二日成立し堀尾が目的物件を同月二一日既に訴外会社に譲渡していることを前提とするものであって理由がない

四、被告は「前記手形を振出し代金債務は更改された。」と主張するが、更改を認めるべき証拠はなく、かえって、証人堀尾待太郎の証言によれば、右手形は代金支払の方法として振出されたことが認められる。右主張は理由がない。

五、被告は「堀尾は待太郎の子であり無資力であって待太郎に譲渡した右手形の償還又は担保義務を負担する意思がないから堀尾は小林に対しなんらの債権がない。」と主張するが、独自の見解であって理由がない。

六、被告は「堀尾が右手形を待太郎に裏書譲渡したから売買代金の弁済を受けたことになる。」と主張するが、待太郎が手形金の支払を受けない限り売買代金が支払われたことにはならない。のみならず条件は否認権の行使であるから、右主張により詐害行為がなくなるものではない。右主張は理由がない。

七、被告は「堀尾が借地を昭和三七年四月末日までに地主から買い受けて小林に売渡すとの約定を履行しなかったから、昭和四一年八月一二日売買契約を解除した。」と主張するが、小林は当時破産宣告を受けていたのであるから、かかる法律行為をする権能を有していない。右主張は理由がない。

八、被告は「本件物件は一時の便宜から小林の所有名義にしたのであって同人の所有ではない。」と主張するが、<省略>これを認めるべき適切な証拠もない。かえって、<省略>被告は小林の妻であって肩書地において小林と同居しており、小林はビクトリア商会なる名称で食糧品の販売を営み株式会社第一銀行上野支店に取引口座を有していたこと、被告にはなんら収入の方法がないこと、本件物件を小林が昭和三七年一月その主催する三富士物産株式会社のため担保に利用しており、小林は本件物件は自己の所有であることを堀尾および破産管財人にも言明していることが認められるから、本件物件は小林の所有であると認められる。右主張は理由がない。

九、以上のとおりであるから、小林は昭和三七年三月二〇日に支払うべき金額五〇〇万円の手形があるにかかわらず同月一九日右手形の支払場所である第一銀行上野支店と当座取引を解約し翌二〇日右手形を不渡とし、右金額を含む残代金一七一〇万円を支払う資力もなかったのであるから、同月一九日支払停止になったとみるほかはない。そして、本件の登記原因たる売買は存在せず小林が被告のためになんら対価を受けずに昭和三七年三月一九日本件物件の所有権移転登記をしたことは被告の自陳するところであり、本件物件は小林の所有に属するから小林は本件物件を無償で譲渡したわけである。したがって小林に詐害の意思のあることは明らかである。

一〇、なお、被告は「詐害の意思がなかった。」と主張するが、証人小林末松、被告本人の各供述は証人堀尾待太郎、堀尾嘉朗、池田徹の証言に対比し措信できず他にこれを認めるに足りる適切な証拠はない。かえって、右対比に供した証拠によれば昭和三七年三月頃小林から支払延期の申入があり堀尾がこれを拒絶し双方種々接渉し被告も十分これを知っていたと認められる。

右主張は理由がない。

一一、したがって、本件物件の譲渡を否認する原告の主張は理由がある。

なお、本件訴訟は堀尾嘉朗が詐害行為取消請求をなしていたところ債務者小林末松が破産したため破産管財人が受継したのであるから、手続についてはなんら違法の点はない。

よって、原告の請求を認容し、<以下省略>。

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